2019年。

新年明けまして。

年越しは横浜市内に新しく出来た
アートスペースのパーティ会場で
過ごしました。
久しぶりに人とまともに会話したような(笑)。

新しい一年の具体的な目標はないのですが、
こうでありたいな、というのはあります。


周囲に流されない、乱されない。

ペースを守る。

良い意味で開き直る。

自分のアンテナに素直になる。

そして、「よく見る」こと。


ところで、
「新年明けまして」、までは言う(書く)ことが
多いのですが、
数年前から「おめでとうございます」は
挨拶からなるべく外すことにしています。

それは、
ハッピーじゃない人もいるだろうから、という
考えからです。
おそらく、七年前に兄が亡くなったのが
影響しているのだと思います。
セットになった慣用フレーズではあるのですが、
個人的にはちょっと違和感があるんですね。

そんなわけで。
今年もよろしくお願いいたします。

ひとまずは。

2018年も残り僅かですね。
まだ数日あるので、
振り返るのは早いかもしれませんが。

過ぎるのはあっという間だなあ、と。
それは毎年思ってますけど(笑)。

制作に関して、トライ&エラーの一年でした。
というかエラーばかりです。
でも焦らず挑戦出来たのは
良かったです。
失敗ばかりで落ち込むことも
さすがにありましたけども。

物事についてじっくり考える時間を
これほど多く作れたというのも、
初めてかもしれません。
特にこの十年は走りっぱなしだったので。

力を抜いて、気持ちの赴くままに。
良い意味で流れに任せるという。
そうすると、アンテナというか感覚が鋭くなることも
知りました。
傍からは、ただふらふらしているだけに
見えるかもしれませんが(笑)。

2019年は、うーん。
どうなるんでしょうか。
今年は本当に展示に参加することが
少なかったですから。
来年は増えるような気がします。
ジャンルに関しての興味も変わってきたので。

あと数日、平成も終わりますし
大切に過ごしたいものです。

居場所と自由。

何処に居ても、馴染めない、
というか
「自分なんかがここにいて良いのかな?」と
思うことがあります。

友人たちと楽しい時間を過ごすのは好きですし、
リラックス出来るのですが。
なんというか、これは業界の中での話ですかね。

美術の活動をやってきても、
自分自身がアーティストだという自信が
いまだに持てないです。
便宜上、名刺には美術家、アーティストと
記してはいますけど。

元々、変な(?)やり方で進んできたので
「王道」に違和感を覚えるんですけどね。

元々は文学好きで、その後音楽、美術に興味を持って
それからデザイン学校へ。
卒業後は美術へ。
今はまた違うことにも気持ちが向いていますが。
落ち着きが無いと言えばそうですね(笑)。

自由が故のことなのかもしれません。
また、
(精神的に)定住しないから自由だとも言えるのか。

コンプレックスを抱くこともありましたが、
今ではこれでいいのかな、と。
巨匠になるつもりもないですし、
なれるとも思っていません。
偉ぶっている人も好きではないですし、
そうはなりたくないです。
(偉ぶり人とはすぐ喧嘩してしまうので
出世できないのでしょうか・・・)

権威的になるのを本能的に避けるために
けもの道を歩いている気もします。
楽しいですよ、けもの道。

厳しい甘さ。

どうにも最近駄目です。

しかし、あんまり自分自身を
駄目だな駄目だな、と思わないほうがいいのでは
と最近思い始めました。

所謂自己評価が低いのか。
駄目だな、という一日でも
思い出してみれば色々やっている。
何もしていないわけではない、という。
実は結構頑張っているのかもしれない(笑)。

みんなは一体、どんなふうに
生活しているのだろうか、と今更ながら。

それで、
今挑戦しているのが、
「駄目だな」と思って自分を責めることをやめること。
これが相当難しいんです、僕にとっては。
と、ここまで考えてみると、
ずっと自分を責めてきたんだということですね。

そりゃあ疲れますよね。

勉強するのも好きですし、
もっと向上したい、まだまだ、という気持ちは
強くあるのでそれは大事にしたいですが。

僕は他人に対して厳しいな、という自覚があって。
その原因は自分に優しく出来ないからなのか、
とも思います。

でも自分に甘いから焦りも酷くて、
それが不安に繋がっている部分もあり。

ちょっととっちらかっています。

弱さ。

以前、知り合いの年配のアーティストに言われたことが
色々な意味で忘れることが出来ないでいます。

それは、
「寺田さんって、優しいというよりも弱いよね」
という言葉です。
そのとき、相手の方は酔ってらっしゃいました
(僕もですが)。
酒を飲まないとこういうことを言えないのかな、
とも思いましたし、
単純にかなり腹が立ちました。
思い出すと今でもむかむかします。

僕は人から言われたことは、
どんな言葉でもいったん自分の中に取り込んで
しまう傾向があります。
作品についてのアドバイスに関してもそうで、
言われたことを咀嚼します。
そしてそれを実際に取り入れるかどうか。
良ければ自分のものにしますし、
実行します。
そうでなければ捨てることになります。

これは結構危険なことでもあるのかもしれません。
嫌な言葉にもシャッターを下ろすことが出来ないので、
常に丸腰、というか丸裸状態だからです。
結局のところ、周囲から影響を受けやすいみたいです。
良くも悪くもですが、
実際は困ったことのほうが多いですね・・・。

自分が「弱い」なんていうことは分かっているだけに
言われて腹が立ったのでしょうね。
そして、「酒に頼らないと意見出来ないあなたに
言われたくない」という点でも。

この「弱い」という言葉については
ずっと咀嚼していて、最近何かが見えてきた気がします。

(「人にこんなことを言うべきではない」というのは
すぐに分かることですが)

自分自身の弱さ、について。
僕は、
肉体的にも弱いですし(持病もあるので)、
精神的にも弱い。
かなり、弱い。
では、その現状、続いてきた状況をどうするのか。
なんとかして強くするのか。
それともその弱さを活かす方向で生きるのか。

それほど簡単に、どちらか、と割り切れるものではない
でしょうし、割り切るものではないと思います。
しかし、「弱さを活かす」という考えは今まで
避けてきた気がします。
それは新しい発見でした。

他人からの心無い発言からも学ぶことは出来ますね。
あまり良い気持ちにはなれませんが。

何かを。

月曜、火曜と一泊二日で旅に出ていました。
目的はあったと言えばあったのですが
それほど明確でもなく。

数年前にお世話になった方の生まれ育ち、
今は眠っている地を見に行きたくなった、
という。

速い電車で大きな駅に着いて、
そこからはディーゼルの小さな電車を乗り継いで。
近付くにつれて、窓から見えた海がきらきら光って
綺麗でした。

ロッカーに荷物を入れて駅舎の外に出ると、
とても静か。
あてなど無いわけなので、
日が暮れるまであちこち歩いてみることにしました。

街を歩いている人はとても少なくて、
商店街はほぼシャッター通りと化していて。
とりあえず海辺へ。

砂浜には誰もいません。
しばらくそこでぼんやりしていました。

初めて出会ったときのこと。
交わした会話や、最後に話したことなど。
その人はもうこの世にはいないわけなので、
会って話すことは二度と出来ないわけです。
そんなことは当たり前なのですが、
改めて気が付くと愕然とします。

兄を亡くして以降特に、
こうした感慨を抱くことが増えました。
(自分の年齢のせいもあるのでしょうけど)
人間だけではないですが、
生命を失い、肉体を失うとそれでお終いなのでしょうか、
それが不思議で仕方ないとともに
悲しくて悔しくて堪らない気持ちになります。
生と死の境目とは一体、
それについて考えることも多いのですが
答えなど分かるはずもなく。

そこはひっそりとした港町。
北の雪国なので、車道の中央には
凍結防止の温水がスプリンクラーのように
吹き出ていたり。
小さな堀沿いや、住宅街、裏通りなんかを
ひたすら歩き回りました。
いるはずもないのに、会えるような錯覚を抱きながら、
しかし会えるはずもないと当然分かっていて。
この道をあの人も子供の頃に通ったのだろうな、
などと思いながら歩いていると
胸が苦しくなってきました。

その晩は宿に帰り着いても眠れず、
悶々としていました。
後悔、何故もっと優しく接することが出来なかったのか。
そんな思いがいっぱいになって。
少しでも楽しい思いをしてもらえただろうか、
思い出されるのは笑顔ばかり。
気遣いの出来る、真面目な人だったから。

夜が明けて、宿の窓から眺める古い瓦屋根が並ぶ街と
その上から覆い被さる、分厚い灰色の雲が
しんみり刺さります。
二日目も昼までいるつもりでしたが、
正直なところ気持ちがしんどくなってしまい、
朝早くに出立することにしました。

この数年間のもやもやを吹っ切るために来たのではないし、
気持ちを切り替えようと無理をするのもどうかな、と。
生きていくと、その跡には過去が、歴史が作られていきます。
その上で先のこと、未来を見据えて生きていく。
自分のやるべきことは何だろうか、
そんなことをより一層考えることになりそうです。

結局のところ、自己満足のための旅に過ぎなかったのかも
しれませんが。
色々なタイミングが合って、それもおそろしく偶然で。
(あのときのイベント最終日の次の日に行くことになるとは)
そして来年は七回忌になるのですかね。
せめて安らかであることを祈りつつ。

そまる。

とても環境に影響されやすい、
染まりやすい。
そんなことも最近ようやく気が付いたこと。

都心の人ごみの中に半日でもいると、
くたくたに疲れてしまう。
(そうした場所が好きな人もいると思いますが)
家に帰ってくると、
自分の心の底にあるフィルターのようなものが
汚れている、そんな気がする。

(別にスピリチュアルなことを書きたいわけでもないし、
そうしたことにそれほど興味はないんですけど。
いえ、そういう人たちを否定はしませんが)

嫌みを言ってくる人なんかと接すると
同じような感じになる。

良くも悪くも染まりやすい。
これは気をつけないとな、という。
かと言って、完璧に環境を整える、なんてことも
現実には難しいわけで。
それでも出来るだけ居心地の良いように
していったほうが良いのだろうな、と。

人がいっぱいいたり、
騒がしい場所が苦手。
静かな場所が好き。
自然に触れるのも好き。

以前は自分は都会が好きだと思っていたんですが、
ちょっと変わりましたね。
いや、前からそうだったけれども
思い込みがあったのか。

住む場所はね・・・変えるのは大変ですし。
苦手な人を避けていたらバイトなども不可能に
なってしまう。
そこで、時間のあるときには自然の中に
身を置いたりすることにしています。
理由は分からないのですが、
僕は水に惹かれるので、海とか川とか。

人との関わり。
ここ数年、会うと嫌みを言ってきたり、
言葉で攻撃してくる人が増えました。
(美術の世界での話ですが)
なので、そういう人たちとはなるべく距離を置いて、
集いそうな場所にも行かないことにしました。
これは結構効果があって、
メンタルも落ち着いてきました。

美術以外の、例えばアルバイトでも
パワハラに遭ったり、暴言を吐かれたりしました。
こういう目に遭いやすい、というのは
ひとつには僕が舐められやすいのだと思います。
「こいつには酷いことを言っても大丈夫だろう」、
そう思われているのだと。
こっちが強めに意見をすると、驚かれます。
え!?って。

SNSに於いても、同じで。
あまりにも嫌な絡み方をしてくる人は
ブロックすることにしています。
前はそこに罪悪感があったのですが、
自分を守るためにはそうも言っていられない。
ブロックしてみて分かったのは、
それでこっちが困ることは全くないということ。
結局、向こうが感情をぶつけたかっただけなんだな、
と気が付きましたね。

友達も少なくて良い。
互いに互いを尊重し合える人と仲良くしたい。
合わない人と無理して交流しても疲弊するだけ。
幸い、今仲良くしてもらっている人たちは
信頼出来るし、とても優しくてありがたい。
いつも助けられている、
というか助けられてばかりで(笑)。

生き方としては、
出来れば外で働かないで生きていけるようになりたいですね。
そのために今、色々と動いているわけですが。
自宅で仕事をして、稼ぐ。
そうした方向に少しずつ持っていきたいと考えています。
一朝一夕にはいかないでしょうけど。
日々努力、です。

こうしたことも、自分自身を大事にしたい、
という考えから来ています。
良い部分を伸ばす、それですね。