温度と皮膚感覚。

僕は春という季節がとても苦手で、
毎年この時期は体調が悪くなってしまいます。

おそらく、気候の変化に身体がついていけないこと
が原因かと思うのですが。
中でも気温の上昇がしんどいですね。

極端な暑がりなので、
温度変化には敏感です。
どうやら23度というのがひとつの分かれ目のようで。
それを超えると「暑い!」と感覚器官が認識します(笑)。

この過敏症というのか、
自分の体質には子供の頃から悩まされ続けています。

いっそのこと夏までいってしまえば良いのですが。
突き抜けた暑さのほうがまだマシで、
中途半端な生温さが本当に駄目ですね・・・
ふわふわした感じで気持ち悪くなってしまので。

季節の変化についていけていない実感、
フィットしていけてないことに対する苛々、
落ち着かない気持ちはまだ続くのでしょう。

こうした自分の特性については、
年を重ねるにつれて気付いたことでもあります。
なので、「そろそろ来るな」など事前に気持ちの準備を
することが出来ます。
でも、だからといってどうということもないのですが(笑)。

毎年毎年、早く過ぎ去ってくれ・・・!
と思いながらこの季節の日々を送っています。

プラスとマイナスと。

相変わらず絡まれやすい性格です。

性格というのか、
何かそういうものを発しているんでしょうね。
そこをつけこまれるというか。

勿論、そんなことを仕掛けてくるのは
一部の人たちで。
誠実に接してくれる人もたくさんいるわけです。

何故、そんな風に嫌な感じで絡んでくるのか?
相手を理解しようとしてみた時期もありましたが
無駄なだけなので止めました(笑)。
大体の理由は分かっていますし、
そもそも時間と労力が勿体ないですから。

絡まれるというのは、
なめられやすいということ。
しかし自分の性質は持って生まれたものですし、
この年齢になっては変えることも難しいでしょう。

人には誰にも長所と短所があって、
それは一枚のコインの裏表のようなものかと
(長所と短所というのは社会の中でのことなので、
基準は他人との関わりの中にあるわけですが)。

少し前にも書いた気がしますが、
近頃は開き直りつつあります。
マイナスに思える面もプラスに繋がっている。
短所も長所になり得る、ということ。

そこを意識し始めたところ、
やるべきことが見えてきましたし、
出来るだけ無理しないようにコントロールすることも
可能になってきたと思います。
行動(範囲)も律するようになってきました、
危険を避けるために。

しかし思わぬトラブルも起きるわけで。
それはもう事故と思うしかないですね・・・。

自分のプラス面を伸ばす。
マイナス面はなんとかかんとかなだめつつ。
しんどいことも修行ですね。

人と人の間にあるもの。

これだけ交通やテクノロジーが発達すると
日本というより世界、地球が狭いような
錯覚に陥ることがあります。

この世界で人類が訪れたことのない場所は
実はたくさんあると思いますが(深海など)、
インターネットの影響もあり、
インフラがある程度あれば外国も近く感じますよね
(費用は掛かりますが)。

しかし、人と人との間の距離というものは
とてつもなく遠く離れたものなのでは、と感じて
時には途方に暮れてしまいます。

近しい人、親しい人でもそうです。
身内レベルでも知らない面は多いでしょうし。
言えない、言わないことも山ほどあるでしょう。

何でも言葉にすれば良いものではないと思うので
そうすれば知らないまま時は過ぎ去っていきます。
知らないほうが良いこともあります。

距離が近すぎる不幸。
でも人のことを知りたくなれば、
近付かなければなりません。
そこから物語が始まると思うのですが、
ハッピーなことばかりとも限らないでしょう。
ハッピーになる可能性も同じくらいありますけど。

踏み込みすぎると不快に思われたり。
しかし、適度な距離というものに正解など無いわけで
人間は完璧な機械ではないですから
適切な位置を外れてしまうこともあります。

そのクッション材として思い遣りや気遣いがあると
思うのですが、
その存在自体を忘れてしまったり。

距離感の基準も人それぞれですが、
クッション材を忘れずにいたいものです。
そして、なんとかなる、きっと。
という良い意味での楽観的な思考。

シビアな時代ですが、
人間らしさを前向きに捉えたいですね。

発熱デトックス。

昨日一昨日の発熱もようやく通常に戻り。
心身ともにデトックスされた感じです。

ここ数年、少数の人たちから嫌な絡まれ方をされることが
多かったのですが。
それが少しずつ僕の心を蝕んでいたようです。

どんな人にも長所と短所があって、
僕もそうだと思うのですが。
その自分のアドバンテージの部分を攻撃されることが
しばしばありました。

そのほとんどはくだらない妬みなのでしょうが、
自分のアドバンテージの裏側にあるものに
大きなコンプレックスも抱いていたので、
とても複雑な気持ちになっていました。

でも自分のアドバンテージがあるからこそ、
自分にしか出来ないことがあるわけで。
それを世の中に、周囲に還元していくべきだよな、と。
長所を活かさないのは勿体ないな、と。
上から目線、というわけではないのですが。

しつこく中傷を受け続けているうちに心が曇り、
長所の裏側の闇に呑まれていきました。
そしてその闇の原因を作ったルーツを呪いました。

でも現在でも活用出来るはずの長所は、
それを作ってくれた人たちのおかげでもあるわけです。
その人たちは過去の闇の原因でもありますが、
僕には現在と、まだ先の人生があるはずで。
アドバンテージの源泉でもあるその人たちには
感謝しなければいけないのではないか、
そんな気持ちも湧いてきました。
今更ですけど。

自分の良さを素直に出すこと、
それが本当に大切だと思います。
そしてそれが可能な環境にいること。
それを支えてくれる人たちがいること。
とても恵まれた稀有な状況のはずなのに、
心無い人たちの言動の影響で見えなくなっていました。

嫌な人たちには徹底して近寄らない、関わらない。
嫌な場所には行かない。
「付き合いが・・・」という理由に、情けに溺れない。
時間を無駄にすることはないのですから。

意地悪な人たちなんて、周囲のごく少数で
ほとんどの方々は優しく親切です。
でもそのごく少数がどす黒さを広げていくわけです。
恐ろしいですね。

葛藤、というのは一生続くものだと思います。
すっきりしたいものですが、
それは解決した気になっているだけで。
もやもやを抱えながら生きていくのでしょう。
それでもひとつ何かが見えた気がします。

発熱、体調不良も無駄ではないのですね(笑)。

分からない人。

謎の熱でダウン中。
おそらく疲れと、ストレスが原因かと。

週末、とある場所でのレセプションパーティに
参加してきました。
久しぶりに訪れた所だったのですが、
お酒など飲みつつ楽しく過ごしていました。

途中までは。

時間的にはパーティ後半、
僕がとても苦手にしている人物が会場に現れました。
セクハラ常習犯の女性アーティストです。
この人はこっちの嫌がることをして、
僕がキレると喜ぶという最低な人間です。

このときも徐々に近付いてきたので、
嫌だなあ、と思っていました。
案の定、何気ないふりをして、
背後から僕の身体を触ってきました。

「やめてください」
はっきりと強い口調で伝えました。
この言葉を、僕はこの人に何度言ったことでしょう。
もういい加減、うんざりです。
いえ、とっくにうんざりしていますが。

嫌です、やめてください、と
いくら言っても分かってくれない場合は
どうしたら良いのか。
というか、おそらく(いや確実に)分かっていて
敢えてやっているのでしょう。

セクハラはコミュニケーションにはなり得ません。
一方通行故に、暴力でさえあります。
この人に関しては、過去に散々嫌なことをされてきました。
(セクハラだけでなく、虚言による噂を流されたり)
その積み重ねで完全に苦手な人になっています。
苦手な人に嫌なことをされて嬉しいはずがないですよね。

海外では挨拶でハグをしたり、
身体の触れ合いが多かったりします(国と地域によりますが)。
しかし、それは相手との距離感を理解した上で
リスペクトを含むから成立するものだと思います。
それらはセクハラとは全くの別次元のもの。

嫌な相手について、理解しようという気も失せています。
「この人はきっと寂しくて」とか
「コンプレックスが」とか考える気も既にゼロです。
僕に出来ることは徹底して距離を置いて、
関わらないこと。
かなり前にSNS上でもブロックしています。

何度も何度も言っても分からない、ということは
もうどうにもならないということ。
本当はそのコミュニティのボス的な立場の人に
厳しく諫めてほしいのですが、難しいでしょうね。
出禁にしてもらいたいぐらいですが。

そういう問題児を追い出す、ということは
その人の居場所がなくなる、ということにもなり。
すると、その人は孤立してますます病んでしまう。
謎のコネがあるのか、妙に守られていますし。
それだったら、僕がその周辺から離れるのが
ベストなのかな、と。

ここ数年はこのエリアのイベントに行きたくても
きっとあのセクハラ女王も来るだろう、と思うと
参加する気が萎えてしまい、
結局欠席するということも多いです。

問題児は追放出来ない。
しかし、何の対策も取らないというのは
いかがなものかと。
その体質のせいで人が離れていっているのでは。
若い人もとても少ないですし、
結局「いつものメンバー」で終わる、という。
若者は敏感ですから。
新しく拠点が作られたのは素敵なことですけども。

なんだかなあ、という感じで。
今朝まで熱が38度ほどもあったのですが、
やっと下がってきまして。
頭を整理するためにこの文章を書いている、
というわけです。

近況など。

近況を少し。

新しいアルバイトを始めて一ヶ月ほどが
経ちました。
職種はこれまでと同じ(清掃業)。
先輩方も現場主任も優しくて、
こんな職場もあるのか、と感動しています(笑)。
今までの会社では結構人間関係で
悩んできましたからね・・・。
無理せず、でも真面目にやっていきたいと思います。

作品制作に関しては、
近頃は表現手段として写真を用いています。
ほぼ毎日、街の中を歩き回って
気になったもの、風景など撮影していますね。
何時間も徒歩で移動しているので、
少し疲れますけど。

展示は予定していませんが、
何らかの形で・・・うーん。

体力的にしんどいこともありますが、
充実感を覚えながら制作出来ています。
こういう気持ちは本当に久しぶり。
疲労感はあっても、楽しいですね。
テンションに引っ張られての制作、
初期衝動に近いものがあります。

特に派手な活動などは無く。
数年前は展示やレジデンス、イベントなどで
怒涛の日々でしたが。
じっくり取り組める現在の環境に感謝、です。

何のために作品を作るのか?
表現とは何か?
その問い掛けを己に向けつつ。

外国語。

海外の女性歌手が日本語のタトゥーを入れ、
そのことが某SNS発で話題になりました。

今回の騒動がきっかけで、
その方は日本語の勉強を止めるという。
とても悲しいことです。

SNSで多くの人が事を大きくし過ぎたというのも
ありますけど。
そっとしておけばいいのに、騒ぎすぎという。

いずれにしても、
人が一生懸命取り組んでいることを馬鹿にする。
日本人のかなり良くない部分です。

この国は長い時間をかけて経済大国らしきものに
なりつつありました。
今はもう駄目ですけど。
その過程でいつか傲慢になってしまったのでしょうか。

自分のことでアレなんですけど。
僕も英語の勉強を続けていて、
人前でコケにされたことがありました。
日本で、複数の美術関係の人たちに。
とても悔しかったですし、腹が立ちましたし、
悲しかったです。

「問題は語学が出来るかどうかではなく、知性だよ」
という人もいました。
でもそれって、既に出来るからそう言えるんですよね。
必死で取り組んでいる人間からすると、
単なる上から目線でしかなく。

結局僕も、その悲しい思いをした場所には
行かなくなりましたし、
その周辺には関わらなくなりました。
だから某歌手の方の気持ちは痛いほど分かるつもり。

子供の頃に親から同じ思いをさせられているので、
その記憶が刺激されたのもあるかもしれません(自分の話)。

良い意味でも悪い意味でも、
勉強になりますね、こういう経験って。
自分自身は気を付けよう、と思えますから。

からかうとか、馬鹿にするつもりはなかった、
というのもありがちな言い訳ですが、
それはもう想像力といいますか。
早く、深く想像すること。
これからの時代により一層重要になってくる能力かと
思います。

自戒の念を込めて。