抱えて生きる。

どんな人でも悩みとか困難なことはあって、
それを受け入れるしかなかったり。

そのことが原因で生きていくことが
しんどい時もあり。
変えようにも変えられず。
体質や家庭環境、持病などもそれに含まれるかと。

日々悔しい思いを繰り返していると、
受け入れることは難しい。
このハンディキャップさえなければ、と。

そこは毎日せめぎ合いで。

受け入れられないけれども、
そうするしかない。
でも抵抗することを完全に諦めることは
したくない。

そんなごちゃごちゃした状態を維持、
諸々抱えながら生きるしかない。

解決しないことを考えても仕方ない、意味がない、
という人もいるし、
うじうじしてたら楽しくないでしょ、
という人もいる。
そういう人たちの存在を否定はしないけれども、
僕のこういう文章から何かを感じる人もいるかもしれない。
役に立つかどうかは分からないけど。

人生の、
ごちゃごちゃしたところから素敵なものが
生まれる。
それは光か、苔か、百均グッズか。
それぞれなかなか、良いもの、でしょう?

色々。

とある芸術家の死。

直接お会いしたこともないし、
作品もよく知らない。
名前もよく知らない。
でもその訃報が某SNSで流れてきたとき、
考えさせられるものがあった。

その方は割合に知名度もあり、
作品も世に出ているようだった。
ただ、精神的に困難な部分があり、
自ら命を絶ったという。

この過酷な世の中、
この国で芸術家は生きていけるのか。
死ね、要らない、と言われている気もする。
芸術が必要、と謳われていても
それは企業の戦略(あまり好きな言葉ではない)の
一環としてのものだったり。

ちょっと考えが極端ですかね。

我が身、そして自分の考えを少し省みて
反省するところもあり。
自分がかろうじて生きていけているのは
周りの方々が優しいから。
助けてくれる人たちがいるから。
今までの人生を振り返ると、
生きてこれたのが奇跡に近い。

作品が売れているわけでもないけれど、
応援してくれている人もいる。
思い上がってはいけない。
もっと勉強して、
もっと良い作品を作らなければいけない。
身体も心も大切にしなければならない。

そんな風に思ったり。

要領の良い、
人に取り入るのが上手なだけで
作品は「?」な芸術家がうまく世を渡っていく。
太古の昔からそういう作家はいたものの。
なんとも切なくなるわけで。

ここで、
「何のために作品を作るのか」
「富や名声のためなのか」
「表現、表現する、とは一体何なのか」
という疑問が再び湧いてきて。

答えが出なくても考えていきたい。
若干とっ散らかってるけれど。

SNS。

少し前からFacebookを一時停止状態にしています。
はっきりした理由はないのですが。
あるとすれば、他の人の連休キラキラ感を
あまり見たくなかった、とかですかね(笑)。

Facebookの良いところは、
色々な人の展示やイベントの情報が
流れてくること。
しかしこれも、最近は割り切っていて。
縁があれば見に行けるだろうし、
なければそのときはそうだったんだろう、と。

今のところ、特に困ったことはないと思います。
退会する勇気はまだないんですけど。
いずれ正式に止めるかもしれないですね。

Twitterなどでも思うのですが、
本当に様々な人がいるな、という。
自分自身もその中にいるわけですが。

SNSをやっている人たちの層というか、
質も変わってきたかな。
時代が変わったのも大きいのでしょうけど、
辛辣な投稿内容が増えたような。
社会の中での問題提起や、
新聞テレビしかなかった時代では
市民には流れてこなかったような情報を
得られるのは良いとして。

Twitterに顕著なのが、
不満をぶちまけること。
ぶちまけてもいいのですが、
言葉の使い方には気を付けるべきかと。
うっかり目に入ると心がどんよりします。
僕も仕事の不満を書いたりはするので
人のことは言えないですが(笑)。

ギスギスしている。
社会の空気を反映しているのでしょうか。

Facebookでも、
鬱陶しい絡み方をする人が増えました。
年配の男性に多いのですが、
何でも書けばいいわけではないですよね。
ネットだと許されると思ってしまう。
これは個々人のモラルとデリカシーの問題ですけど。

SNSをやる人の年齢層が幅広くなったのと、
スマホの普及で裾野が広がったのも大きいでしょうね。
自制心がないと、所謂「バカッター」や「バイトテロ」などが
起きてしまう。
知性の低下。

初期のSNSはもっと和やかだった気がします。
ゆるやかに、繋がっていこう、みたいな。
2ちゃんねるの影響も大きいのか、どうでしょうね。
だんだんこう、ギスギス具合が大きくなり、
時々しんどいです。

有用な情報を得られたり、
勉強になることも多いですし、
単純に楽しい気持ちになれる投稿があったり、
良い部分は取り入れて楽しみたいと思います。

諦めた部分。

諦めざるを得ない部分、というか。
でもそれは絶望の末に、というよりも
若干の希望を含んでいるような。

少し前は、「結婚」というものについて
願望があったのですが。
今でも、縁があれば、という気持ちが
ゼロではないですが。
あまり期待しないというか。

現実問題として、結婚は無理だろうな、と。
団体行動がそもそも苦手だし、
自分のようなだらしのない人間が
家庭を維持できる気がしない。
愛想を尽かされて、パートナーに逃げられる
という未来が容易に想像可能。
そもそも現状の経済状態では到底無理。

もう47歳ですから、
あとはいかに自分が楽しく、納得のいく
人生を送れるか。
そしていかに人に優しくできるか。
そこに重点を置いて生活していければ、と。

結婚というシステムについて、
疑問に思うことは色々あって。
結局、権力者が税金をむしり取りやすくするために
作ったものではないかと。
管理しやすい、とか。
勿論、好きな相手、愛する人と一緒に暮らしたい
思いはあると思うものの、
そこを利用されている気がします。
「結婚=幸せな生活」というプロパガンダも、
権力者側が作り出したイメージなのでは。

もっと多様な結婚(生活)があっても良いと思いますけど。
一緒に暮らすからストレスが溜まる。
最初は良いんでしょうけど。
程よい距離感を保つためには、工夫が必要ですよね。
だから、通い婚みたいなのをしやすくするとか。
お金はかかるでしょうけども。
離婚することのハードルの高さ。
それもどうかな、と。
プレッシャーになるだけなのでは。

僕は結婚したことがないですが、
恐怖を感じる部分が色々あるわけです。
婚活しようとも思わないですし。
子供は好きですが、
自分の子供となると責任重大(当たり前だけど)。
年齢的に子供は無理でしょうけど。
(親への反発から、子孫など残してやるものか、
孫など抱かせたくない、というのもある)

まずは自分自身を幸せにしたい、
そんな感じでしょうか。
最近、制作が楽しくて没頭しています。