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青春と、奇跡の季節。

2018/10/22 21:01
美術の活動をしていく中で、
自分にとって大切な場所が増えていきました。

滞在制作をするようになってからはそれが特に
顕著になったと思います。
これはとても幸運というか、
そうした機会を得られた、与えてもらえた、
というのはとても幸せなことだと感じます。
残念ながら遠すぎてもう行く機会は無いかもしれない、
そんな場所もありますけど(外国とか)。

それぞれの場所について思いを馳せると、
そこで感じたことが胸の中に満ち満ちてきます。
風の匂いや温度、出会った人たちの優しさ、
印象的な街並みなど。
そのひとつひとつは心の奥底に刻まれ、
宝物になっています。

思い出すと泣きたくなるようなこともあります。
悲しいこともありましたし、
つらいときに触れた人の優しさとか。
静かなひとりの夜などに悲喜こもごもが蘇ると、
その瞬間、時期に引き戻されますね。

時間は戻らない。
その時の場所にも、そこにいた自分自身も戻らない。
奇跡のようなもので、
出会いと別れがあって、残るのは思い出だけ。
本当に、それは奇跡。

サッカーのチームでも、
その時期のメンバーだから強かったというのがあります。
選手、監督、その他の条件が良かったときは
「運」という言葉でも片付けられないほど強い。
それはそのときに合致したものがあって、
瞬間の奇跡なんです。

季節が来ると、何かのスイッチが入って、
記憶が蘇ります。
それは時に苦しくもあり。
去来するのは、色々な人の顔。

もう二度と戻らない季節。
奇跡の季節。
それこそが青春なのだと最近思うようになりました。
きっと、青春は年齢ではないのでしょう。
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それぞれの方法で。

2018/10/16 23:42
ものを作るスタイルというのは、
人それぞれだよなあ、と今更ですが。

それは制作と発表のペースにも言えることで、
立て続けに作品を作って出せる人と、
そうでない人と。
また、同じ作者でも時期によって変わることも
あるのではないかと。

僕自身は頻繁に美術作品を展示していた時期も
ありますし、
ほとんど何も出来なかったときもありました。
どうしても意欲が湧かなかったときは焦りや苛立ちに
襲われていました。

「どんどん発表しないと駄目」とか
「たくさん作ってこそ」という考えもあります。
でもそれを押し付けるのはどうかと思いますし、
意味の無いことのような気がします。
体調や家族の問題や仕事のことなど、
その人にしか分からない事情だってあるかもしれないですし。

ものを作る人間にとっていちばん怖いことは、
惰性に陥ること、
そして考えることをやめてしまうこと、
だと個人的には思っています。
惰性というものは知らず知らずのうちに忍び寄っていて、
本人は意外と気が付かないものです。
忙しくしているとそれだけで頑張っているつもりに
なれてしまう。

たくさん作って、そのことにこだわっていると
時間もなくなって、作品も荒れてきます。
締め切りに追われて、自分を見失い、
いいものが作れなくなる。
結果的に信頼も失い、人は離れていく。
僕自身、そんなことも過去に経験しています。

ひとつひとつの物事について、丁寧に考えてみる。
そうすると、自ずと作るべきものが見えてくる、
そんなことに最近になって気が付きました。
日頃の体験と思考の反芻が重要ですね。

作品に何を込めるのか。
今、自分がいちばん伝えたいことは何か。
言い遺したいこと、形にしたいことは?
それらも、日常で感覚器官を通して得たことについて、
または過去の出来事についてじっくりと、
目を逸らすことなく考えていくことから
生まれるのではないでしょうか。

形式に堕さないこと、
流されないこと。
時間が掛かっても、丁寧に考えること。
少しずつでも焦らずに取り組んでいきたいと
思っています。
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難しいもの。

2018/10/09 22:25
長年持病があってですね。
そもそもは中学一年生のときに発症したんですけど、
もっと早くに治療出来ていたらな、とは思います。

その困難の影響はなかなか大きくて、
生活する上でやれることが限られたりとか、
諦めなければならないことも色々あって
悔しい思いをすることも多いです。

それがあるから美術をやろうと思えたわけですけど、
でもそれで単純に良かったとも思えないわけです。
生きていく上で、
困ったことはやはり困ったことなので。

今まで美術の活動をしてきて、
その中でも病が原因で随分しんどいこともありました。
これからもそれは当然続くでしょうし、
それを思うと不安でもありますね。

昇華、という点から見ると
ある意味では汲めども尽きぬ泉と言えるのでしょうか、
完治も難しいですから。
自分らしさ、と前向きに捉えるのも抵抗がありますが
気長に付き合っていくしかないのですよね。
平穏な日があるとそれだけでありがたいです。
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