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結婚というものについて。

2018/08/26 11:22
結婚ね。
何故そんなものについて考えているかというと、
今、世間的には夏休みの時期じゃないですか。
そろそろ終わりそうですけど。

街の中が小さいお子さんを連れた親御さんたちで
溢れているわけで。
結婚、そして子育てか・・・などぼんやりと思い。

結婚って、別に一緒に住まなくても良いような気が
するんですよね。
通い婚?みたいな感じで。
特にひとりの時間を大切にしたい人(僕もですが)は
そのほうが関係が長続きするかと。
でも経済的にどうなのか、とか
そもそも結婚というものの意味が分からなくなりそう
ですけど(笑)。

子供についても、
僕自身がひとりの人間の親になれるとは思えないですし、
なっては駄目だとも思うので・・・。
友人たちのお子さんと遊ぶのは楽しくて好きなんですが、
子育ては楽しいだけじゃないでしょうし、勿論。
あと、自分の子供がいじめられたら・・・とか勝手な想像を
するとぞっとする、というか。
でも僕自身の年齢から、子供は割と諦めてますね・・・
結婚も子供も縁があれば、みたいな。
あと、現代の日本は子供を育てるにはハード過ぎますよ。
そりゃ少子化現象も起きるでしょうし、
政治家は国を滅ぼしたいんだろうな、とさえ思います。
僕の周りの親後さんたちはその中でしっかり子育てをされているので
本当に尊敬しています。
僕は、自分の家系はお家断絶でも構わないと思いますし、
そのほうが良いのだろうな、とまで考えていますけど。

別々に住んでの結婚生活、というのは
心配があるとすればパートナーの浮気とかになりますかね。
自由であっても良いとはいえ、それは困るわけで。
結婚というのは、感情面からすると
相手を自分だけのものにしたい、という欲求から来ているのだとは
思うのですが。
それと同じくらい、権力者が市民を管理するために出来た
制度でもあるのでしょう。
税金を取り続けるためでもあり。
為政者は人間の感情を利用した面もあるのでしょうか、
便乗したというか。

そこでふと興味が湧いたのが、
結婚というものがいつ始まったのか、ということで。
ちょっとネットで「結婚 歴史」というワードで調べてみたのですが
所説ありすぎて・・・。
日本と外国でも違いますし。
国内だけでも地域によってまちまちですし。
結婚らしきものは太古からあっても、
いつ頃から制度として確立されたのか、
大まかには分かっているようですけど。

このサイトが分かりやすいかもしれないです。

http://xn--rck1ae0dua7lwa.com/blog/2018/02/14/what-is-marriage/

ひとつ言えるのは、制度としての結婚は時代とともに
変化してきた、ということ。
でも人が人を愛する感情自体には変化は無いのでしょう。
(個人の感情はいずれ変わってしまう、としても)
平安時代の恋愛小説が今でも理解出来るように。
感情を制度という箱に無理矢理押し込む、ということに
無理があるとも思います。
ただ、社会に於ける倫理とかもありますしね。

色々書きましたが、僕個人は結婚の予定など全く無いという、
そんなオチで締めます(笑)。
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計算とか。

2018/08/24 17:30
僕の場合、計算というかかっこつけると駄目。

これは以前から分かっていることなんですが、
ついかっこつけてしまったり。
制作とか展示に関してもそうで、
自分の作品はこのコンペにぴったりだ、とか
思って応募しても、大体駄目。

生活の中に於いても、
意外なところから事態が好転する、ということが
よくありますね。
結局、精一杯やることが大切なのかな、と。

精一杯、といえば。
初心を忘れないように、と近頃よく思います。
最初に制作を始めた時期の、
あのギリギリな感じ、
それ以外何も無い追い詰められ方。
思い出すだけで動悸がします。
その頃に戻りたいとも思いませんし、
戻ったら生きて帰れないこと確実です。

ただ、最初期の「賭ける気持ち」は忘れてはいけない、
と戒めることは必要ですね。
だらけている場合ではない、と。

身も心もボロボロで、
本当に何も、何も無かった時代。
自信さえ無かったです。
(今現在でもそれほどは無いですけど・・・)
原点を常に心の片隅に置いておきたいですね。
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近況など。

2018/08/21 08:28
おはようございます。

最近はアルバイトと制作、読書など、
そんな日々ですね。
今取り組んでいる作品はコンペ出品用なのですが、
今年の一月から始めて、まだ終わっていないという・・・。
締め切りは今月末なので、
ぼちぼちラストスパート状態。
修正がなかなか終わらない、キリが無い!

あとは、そうですね。
これは前々からの自分で嫌だなあ、的な部分ですが。
「なんで余計なことを言ってしまって後悔するのか」
というのが近頃特に痛感するところ。

実生活でもSNS上でもなのですが、
失言が多いというか。
誰でもあるのだとは思いますけど。

何かを発するということは人を傷付けることに
繋がり得ます。
美術だけではなく、外の世界に発信することの
責任感は持つべきだとは思っています。

特に言葉というものは厳しいもので、
ある方向というか指向を持つメッセージの中では
他の部分は消失したり、影は薄くなります。
全方位に良い顔をしようとすると、
八方美人と化してメッセージとしては弱くなってしまう。
問題になった後に議論までいけば良いのですが、
それ以前の段階で腹を立てる人もいるかと。

でも恐れ過ぎると何も言えなくなってしまいます。
何かを発するということは、何かを背負わなければならない、
ということです。

SNSでの炎上や、芸能人、政治家の失言などを見ると、
怖くなります。
自分があの立場になったら、と想像してしまうのですが。
現代は発信するのも、それに応答するのも
昔と比べて随分と手軽になりました。
しかしその手軽さの裏には、甘い罠が見えます。

福島でとある美術家のサンチャイルドという作品が展示され、
その内容に関して大きな批判の声が起こりました。
・・・と、それについてはまた書ければと。

話が逸れ逸れになってしまいましたが、
元気は元気です。
暑さとPC作業で疲れ気味ですが。
ではまた。
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対立というものが。

2018/08/07 19:35
現代、特にインターネットが普及して以降
様々な対立が表面化してきた気がします。

この国に於いても、
性別、地位、世代、家族、企業などなどの間で
争いが尽きることなく、
またそれを煽る人も多くいるように見受けられます。
SNS上でそれは顕著ですね。

個人的には男性と女性の間での
確執が社会の中で目立ってきたと思います。
その源にあるものは、
「違い」でしょうね。
(LGBTのこともあるので、単純に二極化するのも
どうかとは思うのですが)

男性と女性、違っていて当たり前です。
誰が言っていた言葉か忘れてしまいましたが、
「違うからこそ惹かれ合う」というのは真実かと。
それぞれの良さがあって、欠点もある。
でも互いにそれを認めて支え合い、
リスペクトして接していく・・・

・・・と、それが上手く出来れば良いんですけど。
自戒の念を込めつつの思いです(笑)。

人間だから当然感情もありますし、
擦れ違うと違和感も生まれますよね。
それは恋愛に限った話ではなく。

「これだから男は」とか「女はなあ」という
一括りにした決めつけは意味が無いです。
男性にだって女性にだって
素晴らしい人もいれば、最低最悪な人もいますから(笑)。
個人差はあります。

もっと紳士淑女が増えれば良いな、と常々思っているのですが
日本の社会は余裕が無さ過ぎて難しいかもしれません。
労り合いましょうよ、という。
自分自身も紳士でありたいという意識はあるのですが。
そう、紳士でありたいです。
ストレスフルな世の中であっても。
理想なのですが。

東京医大の受験のことは、
特に女性からしたら許せないことだと思います。
男性である僕としても信じられないです。
この国の未熟さが醜く露呈した、典型的な事件ですね。
こうしたことはまだまだ隠されているのでしょう。
そして、それはきっと男性女性という性差に限った
話でもないと容易に想像出来ます。

2011年の震災以降、日本の膿が少しずつ出てきている、
そんな実感があります。
不安があるとしたら、
膿は尽きることがなく、最後に全部出切ったら
中身が何も無くなってげっそり、ということに
なるのではないか、という。
そうならないためにも国の将来、自分の将来を考えつつ、
日々丁寧に生きていきたいです。

それにしても、
紳士への道は長く、険しい(笑)。
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本を読むことと、街へ出ること。

2018/08/01 17:22
僕は引きこもりの時期が長かったのですが、
その間に何をしていたかというと、
美術作品の制作をしていました。
しかし引きこもっていると発表できないので、
そこを解決するために外に出るようになりました。

あと、やたらとたくさんの本を読んでいました。
僕は基本的に本を捨てるということが出来ないので
(それはやってはいけないことのような気がして)
実家の自分の部屋には今でも大量の本が
積んであります。
その本の山は、2011年の地震でかなり崩れましたが。

大学では日本文学を学んでいましたし、
小さな頃から本を読むのは好きでした。
作文や小論文は苦手でしたが。
今でも読書は毎日しますし、
電車の中でも文庫本は手放せません。

勉強することは好きですね。
本を読むと(近頃はネットも重要な教材ですが)
新しい知識を得られて楽しいです。
過去の偉大な文学者の遺した美しい文章を
味わうのはこの上ない楽しみです。

しかし最近思うのは、本から得る知識も大切だけども
実際にこの身体を動かして、外に飛び出すことも
同じくらい重要だということです。
外に出れば、嫌なことが溢れています。
嫌な人だっています。
引きこもった原因も、そこから脱するのが困難だった理由も
それが大きく影響しています。
多くの人が同じ思いをしているのだろうと想像しますけども。

僕は人とコミュニケーションをとるのが下手なので、
落ち込むことも多いです。
もう嫌だな、と。
でもそこから得られることも多かったりします。
その時は嫌で嫌で仕方なくても、
時間が経つとそこに意味を見出すことも出来ます。
そこからアイディアが展開していったりするのです。

この世界にはとてつもなくたくさんの本が存在しています。
近頃では電子書籍なども多く流通していますが、
個人的には紙媒体が好きです。
昔、僕が抱いていた夢に
「この世の全ての音楽を聴き、全ての本を読み尽くしたい」
というものがありました。
不可能なんですけどね(笑)。

ここのところ制作しているものは、
自分自身の経験を基にしています。
どんな人でもその人なりのドラマがあるはずで、
それはオリジナリティに溢れていると思われます。
「人生」、そして「物語(性)」。
そこに注目しています。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


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