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zoom RSS 表現、という表現。

<<   作成日時 : 2018/02/27 01:19   >>

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何故か最近、「表現」という言葉に違和感を
覚えます。

どうしてか、と理由を考えてみるのですが、
なかなかピタッとくるものが無く。

人(だけではないかもしれませんが)は
生きているだけで何らかの表現をしているもので、
それは喜怒哀楽を日常で表すことも含めて。

それから、例えば仕事で書類を作成するとして、
人によっては美しいと思われるように
こだわりをもって文書を作ることもあるかもしれません。

あとは、手料理やひげを剃ることとか、風呂掃除さえも。
それらに創造性を意識すれば、表現になり得るかと。
例え観客が居なくても。

では日常生活での表現と、芸術の分野に於ける表現の
違いとは何でしょうか。

そこに人(専門家?)が価値を認める、価値を作るかどうか。
それだけの違いかと。
その違いが大きいのでしょうけども。
でも本質は同じなのでは、とも思います。

表現という言葉を芸術の人たちが
独占して、利用しているのが僕は面白くないのかもしれません。
それでも「表現(する)」という言葉は非常に便利なものなので、
僕自身も使うことは多いです。

それでも、自分で「表現」という言葉を使っていて
どうにも落ち着かない気持ちになることが最近多いのは事実で。
その原因、理由については、今後もう少し考えてみようと思います。

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