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Weblog_ShinobuTERADA

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日々のメモ。

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厳しい甘さ。

2018/12/09 23:32
どうにも最近駄目です。

しかし、あんまり自分自身を
駄目だな駄目だな、と思わないほうがいいのでは
と最近思い始めました。

所謂自己評価が低いのか。
駄目だな、という一日でも
思い出してみれば色々やっている。
何もしていないわけではない、という。
実は結構頑張っているのかもしれない(笑)。

みんなは一体、どんなふうに
生活しているのだろうか、と今更ながら。

それで、
今挑戦しているのが、
「駄目だな」と思って自分を責めることをやめること。
これが相当難しいんです、僕にとっては。
と、ここまで考えてみると、
ずっと自分を責めてきたんだということですね。

そりゃあ疲れますよね。

勉強するのも好きですし、
もっと向上したい、まだまだ、という気持ちは
強くあるのでそれは大事にしたいですが。

僕は他人に対して厳しいな、という自覚があって。
その原因は自分に優しく出来ないからなのか、
とも思います。

でも自分に甘いから焦りも酷くて、
それが不安に繋がっている部分もあり。

ちょっととっちらかっています。
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弱さ。

2018/11/23 12:02
以前、知り合いの年配のアーティストに言われたことが
色々な意味で忘れることが出来ないでいます。

それは、
「寺田さんって、優しいというよりも弱いよね」
という言葉です。
そのとき、相手の方は酔ってらっしゃいました
(僕もですが)。
酒を飲まないとこういうことを言えないのかな、
とも思いましたし、
単純にかなり腹が立ちました。
思い出すと今でもむかむかします。

僕は人から言われたことは、
どんな言葉でもいったん自分の中に取り込んで
しまう傾向があります。
作品についてのアドバイスに関してもそうで、
言われたことを咀嚼します。
そしてそれを実際に取り入れるかどうか。
良ければ自分のものにしますし、
実行します。
そうでなければ捨てることになります。

これは結構危険なことでもあるのかもしれません。
嫌な言葉にもシャッターを下ろすことが出来ないので、
常に丸腰、というか丸裸状態だからです。
結局のところ、周囲から影響を受けやすいみたいです。
良くも悪くもですが、
実際は困ったことのほうが多いですね・・・。

自分が「弱い」なんていうことは分かっているだけに
言われて腹が立ったのでしょうね。
そして、「酒に頼らないと意見出来ないあなたに
言われたくない」という点でも。

この「弱い」という言葉については
ずっと咀嚼していて、最近何かが見えてきた気がします。

(「人にこんなことを言うべきではない」というのは
すぐに分かることですが)

自分自身の弱さ、について。
僕は、
肉体的にも弱いですし(持病もあるので)、
精神的にも弱い。
かなり、弱い。
では、その現状、続いてきた状況をどうするのか。
なんとかして強くするのか。
それともその弱さを活かす方向で生きるのか。

それほど簡単に、どちらか、と割り切れるものではない
でしょうし、割り切るものではないと思います。
しかし、「弱さを活かす」という考えは今まで
避けてきた気がします。
それは新しい発見でした。

他人からの心無い発言からも学ぶことは出来ますね。
あまり良い気持ちにはなれませんが。
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何かを。

2018/11/15 00:47
月曜、火曜と一泊二日で旅に出ていました。
目的はあったと言えばあったのですが
それほど明確でもなく。

数年前にお世話になった方の生まれ育ち、
今は眠っている地を見に行きたくなった、
という。

速い電車で大きな駅に着いて、
そこからはディーゼルの小さな電車を乗り継いで。
近付くにつれて、窓から見えた海がきらきら光って
綺麗でした。

ロッカーに荷物を入れて駅舎の外に出ると、
とても静か。
あてなど無いわけなので、
日が暮れるまであちこち歩いてみることにしました。

街を歩いている人はとても少なくて、
商店街はほぼシャッター通りと化していて。
とりあえず海辺へ。

砂浜には誰もいません。
しばらくそこでぼんやりしていました。

初めて出会ったときのこと。
交わした会話や、最後に話したことなど。
その人はもうこの世にはいないわけなので、
会って話すことは二度と出来ないわけです。
そんなことは当たり前なのですが、
改めて気が付くと愕然とします。

兄を亡くして以降特に、
こうした感慨を抱くことが増えました。
(自分の年齢のせいもあるのでしょうけど)
人間だけではないですが、
生命を失い、肉体を失うとそれでお終いなのでしょうか、
それが不思議で仕方ないとともに
悲しくて悔しくて堪らない気持ちになります。
生と死の境目とは一体、
それについて考えることも多いのですが
答えなど分かるはずもなく。

そこはひっそりとした港町。
北の雪国なので、車道の中央には
凍結防止の温水がスプリンクラーのように
吹き出ていたり。
小さな堀沿いや、住宅街、裏通りなんかを
ひたすら歩き回りました。
いるはずもないのに、会えるような錯覚を抱きながら、
しかし会えるはずもないと当然分かっていて。
この道をあの人も子供の頃に通ったのだろうな、
などと思いながら歩いていると
胸が苦しくなってきました。

その晩は宿に帰り着いても眠れず、
悶々としていました。
後悔、何故もっと優しく接することが出来なかったのか。
そんな思いがいっぱいになって。
少しでも楽しい思いをしてもらえただろうか、
思い出されるのは笑顔ばかり。
気遣いの出来る、真面目な人だったから。

夜が明けて、宿の窓から眺める古い瓦屋根が並ぶ街と
その上から覆い被さる、分厚い灰色の雲が
しんみり刺さります。
二日目も昼までいるつもりでしたが、
正直なところ気持ちがしんどくなってしまい、
朝早くに出立することにしました。

この数年間のもやもやを吹っ切るために来たのではないし、
気持ちを切り替えようと無理をするのもどうかな、と。
生きていくと、その跡には過去が、歴史が作られていきます。
その上で先のこと、未来を見据えて生きていく。
自分のやるべきことは何だろうか、
そんなことをより一層考えることになりそうです。

結局のところ、自己満足のための旅に過ぎなかったのかも
しれませんが。
色々なタイミングが合って、それもおそろしく偶然で。
(あのときのイベント最終日の次の日に行くことになるとは)
そして来年は七回忌になるのですかね。
せめて安らかであることを祈りつつ。
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そまる。

2018/11/10 00:11
とても環境に影響されやすい、
染まりやすい。
そんなことも最近ようやく気が付いたこと。

都心の人ごみの中に半日でもいると、
くたくたに疲れてしまう。
(そうした場所が好きな人もいると思いますが)
家に帰ってくると、
自分の心の底にあるフィルターのようなものが
汚れている、そんな気がする。

(別にスピリチュアルなことを書きたいわけでもないし、
そうしたことにそれほど興味はないんですけど。
いえ、そういう人たちを否定はしませんが)

嫌みを言ってくる人なんかと接すると
同じような感じになる。

良くも悪くも染まりやすい。
これは気をつけないとな、という。
かと言って、完璧に環境を整える、なんてことも
現実には難しいわけで。
それでも出来るだけ居心地の良いように
していったほうが良いのだろうな、と。

人がいっぱいいたり、
騒がしい場所が苦手。
静かな場所が好き。
自然に触れるのも好き。

以前は自分は都会が好きだと思っていたんですが、
ちょっと変わりましたね。
いや、前からそうだったけれども
思い込みがあったのか。

住む場所はね・・・変えるのは大変ですし。
苦手な人を避けていたらバイトなども不可能に
なってしまう。
そこで、時間のあるときには自然の中に
身を置いたりすることにしています。
理由は分からないのですが、
僕は水に惹かれるので、海とか川とか。

人との関わり。
ここ数年、会うと嫌みを言ってきたり、
言葉で攻撃してくる人が増えました。
(美術の世界での話ですが)
なので、そういう人たちとはなるべく距離を置いて、
集いそうな場所にも行かないことにしました。
これは結構効果があって、
メンタルも落ち着いてきました。

美術以外の、例えばアルバイトでも
パワハラに遭ったり、暴言を吐かれたりしました。
こういう目に遭いやすい、というのは
ひとつには僕が舐められやすいのだと思います。
「こいつには酷いことを言っても大丈夫だろう」、
そう思われているのだと。
こっちが強めに意見をすると、驚かれます。
え!?って。

SNSに於いても、同じで。
あまりにも嫌な絡み方をしてくる人は
ブロックすることにしています。
前はそこに罪悪感があったのですが、
自分を守るためにはそうも言っていられない。
ブロックしてみて分かったのは、
それでこっちが困ることは全くないということ。
結局、向こうが感情をぶつけたかっただけなんだな、
と気が付きましたね。

友達も少なくて良い。
互いに互いを尊重し合える人と仲良くしたい。
合わない人と無理して交流しても疲弊するだけ。
幸い、今仲良くしてもらっている人たちは
信頼出来るし、とても優しくてありがたい。
いつも助けられている、
というか助けられてばかりで(笑)。

生き方としては、
出来れば外で働かないで生きていけるようになりたいですね。
そのために今、色々と動いているわけですが。
自宅で仕事をして、稼ぐ。
そうした方向に少しずつ持っていきたいと考えています。
一朝一夕にはいかないでしょうけど。
日々努力、です。

こうしたことも、自分自身を大事にしたい、
という考えから来ています。
良い部分を伸ばす、それですね。
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色々。

2018/11/08 20:36
色々と吹っ切れてきたのかもしれない、
というか開き直りなのか。
そんな感じの最近です。

言いたい人には
言わせておけばいい。
どうせこっちのことなんかよく知らないわけですし、
こっちのために何かをしてくれるわけでもない。
(具体的な利益がどうとか、ということではないです)
そうした人たちは結局、何者でもないわけですよね。

言いたければ言ってれば?
そんな風に思えています。
自分のことに集中出来ている、というのが
大きいのかもしれないです。

それから、無理はしない。
どう頑張っても出来ないことはやらない。
時間を無駄に出来る年齢ではないし。
そのことに関してもめんどくさいことを言う人が
出てくるかもしれないけど、どうでもいいですね。

出来ないことをやらない、ということは
他の人に負担をかけてしまう、ということ。
そこは感謝しないといけないと思います。

自分の特性、良い部分を活かすには、
何をどうしたらいいのか?
そこを求めて実験中です。
(なかなか結果は出ませんが、焦らず)

この年齢(46歳)になってようやく、
自分の長所短所について真剣に考えるようになりました。
今までかなり無理をしていた部分もあり、
精神的にもしんどかったことも多々ありました。
自身で気付かなかった可能性もある。
それを発掘していくのは楽しいことですね。

自分自身を労り、大切にしないといけない。
幸い、周囲には優しく思い遣りのある方々が多いですが
まずは自分が。
でないと、人に優しくなんて出来ませんし。

冷たい人たちは勝手に離れていきました。
不思議なものですね。
暖かい友人知人を大事にしていきたいです。
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対象。

2018/11/08 00:04
時間が解決してくれることって、
結構たくさんあって。
でもそれも難しいこともあるというか。
とても根深い関係性、
それも時間が影響するような気がしますけど。
関わった時間に比例するのかどうか。

何かとても腹の立つことがあったとして、
その相手を憎んだとして。
「赦せば楽になる」と分かっていても、
なかなかそれも出来ず。
誰かにネガティブな感情を抱き続ける、
って疲れるし、
無駄なエネルギーを費やすだけなんですけど。

理性では分かっていても出来なかったりして。

そこで、無理をして赦す必要もない、と。
そう思えれば次の段階に進んでいるような。

というかですね。
その憎しみの対象が消滅したらどうなるでしょう。
と、何やら不穏な感じですが、例えば、です(笑)。
そうすると、その憎しみは空振り状態になるのでは、
そんな考えが湧いてきまして。
だとすると、その憎しみというのは何のためのもの
だったのか、という。
ぶつけていた対象が消え去った後、
取り残された感情は消えるのか、
熾火のように燻り続けるのか。

その感情は意味の無いことかというと。
当人にしか分からない事情もあり、
そう簡単に解除出来るものでもない。
意味が無い、なんて外野には分からないわけです。

意味の無いことはもう止めた、仲良くしよう、
とも思い切れない。

距離を置く、ということはとても重要で。
そうしているうちに気持ちが柔らかくなるかもしれないし、
ならないかもしれない。
赦せないからといって、後悔するとも限らない。
後悔するかもしれない。
感情を無理に捻じ曲げることもないですし。
自分の心は素直に、大切にすべきかと。

そんなことを何となく考えてみるのでした。
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時の流れの残酷さ。

2018/11/04 23:38
時折、無性に過去のことが思い出されてきます。

楽しかったことと、悲しかったこと、
怒りなどなど。

最近、「時間」というものに興味がありまして。
時間、って何なんだろう?
宇宙レベルで捉えれば、
時間というものは絶対ではないのだろうか、
ブラックホールの内部では、云々。

といっても、勉強しているわけではなく、
ぼんやり考えているだけなのですが。

時間が絶対ではないとしたら。
ビデオ映像というものに、
意外と真実が隠されているのかもしれない。
一定の時間は保存することが出来て、
巻き戻し、早送りが出来る、とか。
何度も再生可能、とか。
丸ごとダウンロード出来たり。

妄想ですけど(笑)。

(「視覚」というものにも興味あり、なのですが
それについてはまた)

思い出、について。
記憶はあくまでも記憶なんでしょうけど、
脳内には時間を保存できる機能があったりして。
でも外部にはシェアすることは難しい、とか。

時の流れの残酷さについて。
いくら悲しいことや腹の立つことがあっても、
何事も無かったかのように、時間は過ぎていく。
個人の思いは流れに飲み込まれて、
底に沈殿するか、分解されて。
それはもう、圧倒的な力で。
後々になって、次の世代が来たら
すっかり忘れ去られてしまう。
それどころか誰にも知られず、埋もれて。
その積み重ねで歴史が作られ、「今」がある。
「今」の薄い層の積み重なり。
僕らはウェハースの欠片です。

時の流れの優しさについて。
流れの中で、つらかった思い出も粉々にしてくれる。
(消えるわけではないですが)
その優しさ。


断片的な呟きになってしまいましたが。
「時間」と「視覚」についてぼんやり考えるのが
自分の中で流行っています。
それらについて、発見をしたり、
具体的な答えを出したいわけではないんですけど。
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